2013年1月10日(木)~1月15日(火) 北欧(フィンランド、デンマーク)の薬学教育の視察を行いました。

2013/01/20

徳島大学薬学部 徳島文理大学薬学部 徳島文理大学香川薬学部 松山大学薬学部

北欧(フィンランド、デンマーク)の薬学教育視察

◆参加者
・桐野 豊(徳島文理大学、団長)
・福山愛保(徳島文理大学薬学部)
・飯原なおみ(徳島文理大学香川薬学部)
・際田弘志(徳島大学薬学部)
・松岡一郎(松山大学薬学部)

 

1.初めに

 2013年1月10日~15日にかけて、フィンランドのヘルシンキ大学(University of Helsinki, UH)薬学部と附属薬局、及び、デンマークのコペンハーゲン大学(University of Copenhagen, UC)薬学部と市中薬局を訪問して、薬学教育の実情と医療におけるIT(Information Technology)の活用の実際を視察・調査した。両国は高福祉の国として有名であり、また、様々な分野でITが活用されている国として知られている。

 両大学では、学部長、国際交流責任者、学士課程・修士課程・博士課程の教務責任者等のプレゼンテーションを受けて、質疑・討論を行った。また、日本側からも日本の薬学教育の状況をプレゼンテーションし、質疑・応答を行った。薬局では、経営責任者と実務担当責任者からプレゼンテーションを頂き、薬局内を見学し、質疑・討論した。

 フィンランドは日本とほぼ同じ国土面積に人口が540万人、デンマーク(本土)も北海道と同程度の平坦な国土に人口560万人である。首都ヘルシンキの人口は60万、コペンハーゲンの人口は、52万。日本人の感覚からすれば、首都圏以外はほとんどが過疎地と言えよう。薬局の数が、フィンランド全土で800、デンマークでは300と少ない。平均すれば、1薬局当たりの人口がフィンランドで6,700人、デンマークでは18,700人であり、日本の2,400人(人口12,780万人、薬局数54,000)と大きく異なる。

 大学の数は統合化が進められているためもあって、フィンランドで15、デンマークで8と少ない。ただし、大学以外に、日本の分類では大学に分類される高等教育機関(職業専門教育中心の機関など)が大学よりも多数ある。大学では、ほとんどの学生が学士課程終了後、修士課程に進学する。大学進学率はフィンランドで35%、デンマークは20%程度と聞いたが、高校を卒業してすぐに大学に進学する者以外に、社会人の入学も多いことから、大学進学率はあまり意味のある指標ではない。むしろ、意味があるのは、各年度の学士、修士、博士課程の入学者、在籍者、及び、修了者数(この値が社会にとって最も重要)である。医・獣医・歯学部以外は、欧州諸国(約40か国)が参加するボローニャプロセスに適合して、学士課程3年、修士課程2年である。ただし、この年限を超えて在籍する学生が多い。単位制度はECTS(European Credit Transfer and Accumulation System)に沿っており、学士課程の修了要件は、1単位が30時間の授業で、1年間に60単位、3年間で180単位(5,400時間)を修得することである。日本の場合には、1単位が45時間の学修時間で、4年間で124単位(5580時間)であるから、ほぼ同等である。

 両国とも初等教育学校から大学院まで全て国立であり、授業料の徴収は無い。大学生は奨学金と夏期休暇中のアルバイト収入等で自活が可能であり、保護者からの仕送りは無いのが普通である。博士課程の大学院生は全員、政府と大学の奨学金、及び、指導教員の研究費を原資とする奨学金を受給する。したがって、大学院生の定員は大学側で用意できる奨学金の額により決まる。博士課程の院生は、スタッフに準じた扱いを受けることも多い。

 

2.ヘルシンキ大学(UH)の薬学教育

 フィンランドでは、修士課程まで持つ薬学部はUHと東フィンランド大学にある(他には、トゥルク大学薬学部に学士課程がある)。学士課程を修了すると“pharmaseutti”という普通の薬剤師資格が得られる。国家試験は無く、薬学部の卒業が薬剤師資格試験を兼ねている。修士課程を修了すると“proviisori”という修士号を持った薬剤師となる。薬局の経営者になれるのはproviisoriのみ。

集合写真

【左から、松岡一郎、飯原なおみ、際田弘志、Markus Laitinen、Jouni Hirvonen、桐野 豊、福山愛保、Leo Pyymaki(Head of Administration) 】

 

 UH薬学部学士課程の入試倍率は、200人の定員に対して800人以上の志願者がいる。3~4年で卒業する学生の割合は80%程度(これはUHの学部でトップ。化学科などは20%程度)。薬学部在籍者は学生・院生900人、ポスドクを含む教員は約150人(うち20人以上が外国人)。最近の1年間の修了者数は、学士BSc156人、修士MSc54人、博士PhD12人である。

 薬学部は2003年まで理学部の1学科であったが、同年独立した学部となった。そして、Medical面を強化した。現在は、Social Pharmacy & Pharmacoeconomicsを強化中。現在特に力を入れているのは、附属薬局・附属病院との連携、同窓会との連携、薬学領域の国際機関(FIPなど)との連携、教育課程の計画への学生の参加である。

 薬学部の学士課程カリキュラムは、Strandモデルと呼ばれ、薬学部において学ぶべき諸分野がStrand 1からStrand 6までに分類されている。詳細はつぎのURLを参照。

http://www.helsinki.fi/pharmacy/Materials/Curriculum%20Bachelor%20of%20Science%20in%20Pharmacy%202011-2013.pdf

(現在、リンク先は見えなくなっています)

 全てのStrandを並行して1年次から3年次まで通して学ぶシステムとなっている。各Strandにおける授業科目の配分は、日本のモデル・コア・カリキュラムと似ている。興味深いのは、Strand 5がコミュニケーション力に関連するものとして独立しており、語学、コンピュータ・スキル、科学論文作成法、さらにコミュニケーション・スキルなどがまとまって含まれていることである。

 Strand 6はStrand 1~5のアドバンストあるいは、補遺的な内容の選択科目であり、開講科目数は非常に多い。

 修士課程カリキュラム(120単位以上取得)の開講科目一覧は次のURLを参照。

http://www.helsinki.fi/pharmacy/Materials/Curriculum%20Master%20of%20Science%20in%20Pharmacy%202011-2013.pdf

(現在、リンク先は見えなくなっています)

 博士課程プログラム(コースワーク60単位+博士論文)は、FinPharma Doctoral Program (FPDP、www.fpdp.fi)と呼ばれ、フィンランドの創薬分野をカバーする研究者育成のための博士課程であり、UHと東フィンランド大学を主幹校とした統合大学院である。博士課程進学希望の修士課程学生は、当初から博士課程の研究グループを訪問して、アカデミックな雰囲気に慣れることが求められる。博士課程は次のように進行する。(1)大学院(仮)入学後すぐに研究テーマの選択と研究内容の決定、(2)2年目の初めに正式な入学試験(3)3年目の初めに研究計画の発表と審査。合格すれば、研究開始、(4)4~5年目の終わりに、学位論文の審査

 

3.ヘルシンキ大学付属薬局Yliopiston Apeteekki本店訪問記

 フィンランドには主薬局(経営責任者としてproviisoriが居る)が600店舗、副薬局(主薬局の監督下にあり、proviisoriが居なくても可)が200店舗ある。年間処方せん枚数は合計5千万枚(日本は約7億枚)。薬価は参照価格制度により4半期毎に決定。OTCの価格は自由に決定できる。病院の薬剤師は入院患者の調剤を担っており、外来患者の調剤はすべて院外。

 電子処方は2010年に始まった。電子処方の割合は2012年12月でヘルシンキ16%、フィンランド全体21%。2013年4月から公的医療機関で、2014年4月から民間医療機関で強制化される(但し、患者は紙の処方せんを選ぶこともできる)。電子処方は、フィンランド社会保険局が管理するセンター(Prescription Center)が管理。処方は通常1年程度が多い。従って、薬局では患者と協議して分割調剤を行うのが普通。患者はフィンランド中のどこの薬局に行ってもよい。患者、および、患者の同意を得た薬局は、Prescription Centerに保存された電子処方・調剤情報を電子処方発行後30カ月間確認できる。患者はだれが自分のデータにアクセスしたか知ることができる。30カ月を過ぎるとデータはPrescription Archiveに移され、10年間保存され、公用・研究目的にのみ使用される。

 ヘルシンキ大学付属薬局は250年の歴史を有し、現在、国内に17、ロシアに16、エストニアに15店舗を有するフィンランド最大の薬局チェーンである。本店は24時間オープンで、調剤やOTC・化粧品販売の他に、薬局製剤(目薬や軟こうなど)、薬品分析も担う。また、オンライン薬局(電子処方せんの受付と医薬品の患者宅への宅配)も行っている。オンライン薬局で十分な安全性を担保できるかについては議論のあるところだが、増加の傾向である。

 訪問した本店では、1階と地下1階に、処方受付・指導カウンターがそれぞれ約10カウンター設置。店内では、OTC薬、ビタミン剤、喉あめ、さらにはペット動物用の商品も販売。地下1階には薬品倉庫があり、そこに設置された電子端末からプリントアウトされる処方せんに基づいてテクニシャンが箱出しの薬を用意して、エアシュータで処方受付・指導カウンターに薬を送付していた。来局者数は3,000人/日。処方箋枚数は2,000枚/日、60万枚/年。proviisori 7人、pharmaseutti 80人、技術者60人(学生含む)。

 薬剤師は、過去30か月の薬歴を患者の同意のもとに知ることはできるが、病名などの情報を知ることはできないため、踏み込んだ服薬指導はできていない。医薬分業の歴史が古く、薬局の役割は調剤であり、地域で治療の質を向上させるために医薬連携を進める必要があるという考え方を、医師、薬剤師ともに抱いていないように見受けられた。

 pharmaseuttiの修養年限は3年であり、その期間中に6カ月の実務実習があるため、大学内での実質的な教育は2年半でしかない。pharmaseuttiに、十分な臨床能力・薬学的思考能力を身につけさせることは難しく、pharmaseuttiは調剤師であると言える。

ヘルシンキ大学附属薬局地下倉庫

【ヘルシンキ大学附属薬局地下倉庫。薬剤師のカウンターへ医薬品をエアーシューターで移送。】

移動中立ち寄った

【移動中立ち寄った田舎町では薬局が無く、スーパーマーケット内の一隅で一部のOTC薬を店員さんが販売していた。隣町の薬局の薬剤師と連携しているとのこと。】

 

4.コペンハーゲン大学(UC)健康医科学部・薬学科の教育と研究活動

 旧い歴史を有するデンマーク薬科大学が2007年にUCと合併して、UC薬学部となった(デンマーク国内の薬学部は、他に1校のみ)。2012年には、UCの医学部、歯学部、獣医学部、薬学部が統合されて、約1,000人のアカデミックスタッフを擁する巨大な健康医科学部(Faculty of Health and Medical Sciences)ができた。この中で薬学科(School of Pharmaceutical Sciences)には、教員160人、テクニシャンおよび事務職員160人が属している。薬学の学士(BSc in Pharmacy)は社会で働くには不十分であり、全員が修士課程(MSc)に行く。薬局の経営者に修士卒の資格が必要であることはフィンランドと同様。修士課程の授業は英語で行われ、学生の2/3は外国人。修士課程には、薬学(pharmacy)、薬科学(pharmaceutical Sciences)、医薬品化学(Medicinal Chemistry)の3コースがあり、薬学が薬剤師養成である。他の2コースは産業界などに行く研究者の養成が目的で、入学者には化学科等、薬学科以外の分野の出身者が多い。医薬品はデンマークの貿易輸出金額の12%(第1位)を占める重要な産業である。海底トンネルと橋で結ばれたエーレスンド海峡対岸のデンマーク首都圏とスウェーデン諸都市には、多数の製薬企業が集積しており、Medicon Valleyと呼ばれている。そこで、Drug Research Academyと称される大学院の新しいPhDプログラムの運営には、こうした企業が参加するなど、産学協同が盛んである。

 薬学学士課程では講義と実習のみ。授業の随所にIT関連教育が組み込まれており、それらを修得するとIT修了証が授与される。修士課程1年次は前期が講義(必修)、後期が実務実習(internship、必修)、2年次には選択科目の履修と修士論文。実務実習のうち、3週間は薬局・病院薬剤部の外(一般総合医のクリニック、病棟、介護ステーション)に行く。

 薬剤師の職場は、産業界62%、公的機関(病院、大学)20%、薬局18%である。デンマークに薬局は300しかなく、薬局の薬剤師も1,000人しかいない。平均して、1薬局には3人の薬剤師と10人の助手(pharmaconomistという)がいる。pharmaconomistは薬剤師会運営の学校で養成される。

コペンハーゲン大学のエルステッドの銅像前【コペンハーゲン大学のエルステッドの銅像前で。左端がUlf Madsen学科長】

 

コペンハーゲン大学薬学科の実験室

【コペンハーゲン大学薬学科の実験室】

 

5.コペンハーゲン近郊のGreve市唯一のGreve薬局(本店)訪問記

 Greve 薬局は本店の他に系列薬局を2店舗有する。来訪患者数は一日当たり、本店で600人、系列薬局にはそれぞれ200人、合計1,000人。スタッフは全体で4人の薬剤師(修士)、25~30人のpharmaconomist、5人の学生。カウンターでは、pharmaconomistが患者対応。

 市の人口は4万人。市には20~30のクリニック(GPのオフィス)があるが、病院はない。20km離れたところに、地域病院(公立)がある。門前薬局という概念はない。デンマークの医療制度の概略は次のURLを参照。

http://www.dk.emb-japan.go.jp/_taizai/taizai-iryo.htm

 処方は、FAX、紙媒体、電子処方の3種類あるが、80~90%は電子処方。電子処方せんは、政府所有の処方サーバに保管される。薬剤師は薬局の端末に患者IDを入力し、処方サーバにアクセスして、処方を印刷する。薬剤師は、患者に分割調剤をするか尋ねる。また、繰り返し処方もできる。薬剤師が処方サーバにアクセスして見ることができるのは、当該の処方のみであり、過去の薬歴を見ることはできない。患者が薬局を自由に選べるが、市に1薬局しかないので、そこが必然的にかかりつけ薬局となるため、その薬局において、患者の過去の薬歴や相互作用の確認ができる。

 患者の健康情報(薬情報や病名など)を保存したカード(common medication card)が現在検討されている。Greve薬局はマシン化が進んでおり、薬局が購入した薬を薬棚に配置し、必要な薬を取り出すことをロボットが行っていた。

 病院の薬剤師は薬剤部にいて専ら調剤を行い、病棟での服薬指導は行っていない。国民皆保険であるが、国民の40%が民間の保険に入っている。薬代金については、患者自身が処方薬に対しても年間一定額までは自費で支払うが、薬代金が高額になるにつれて政府の補助が増加する仕組みになっている。薬局の数は政府がコントロールしている。ただし、薬局は私企業であり、その経営者となる権利は家族などに継承されるのではなく、政府が申請書類をもとに薬局経営者としての適切性を判断して認可する。1つの薬局における薬剤師数は少なく、薬剤師の主たる役割は、患者ケアよりもむしろ薬局経営であるように見受けられた。

Greve薬局のロボット

【Greve薬局のロボット。このように受け入れ箱に放り込んだ医薬品を所定の薬棚に収納し、また、薬剤師のカウンターに届ける。】

 

6.終わりに

 両国は医療制度や薬局の在り方は似ているが、薬学教育に関しては、やや異なる。フィンランドでは学士課程で薬剤師実務教育を重点的に行い、修士課程で学術的教育を行っているが、デンマークでは逆であった。博士課程は両国とも、薬学の学士・修士課程に直結した組織ではなく、他の学部(あるいは他大学)、産業界、規制当局も参加した、創薬研究の実践と研究者の養成を主目的とする、広範な分野を統合した組織であった。私どもの学士課程と大学院課程の今後を考える上で、大変得ることの多い調査であった。