2013年1月9日(水)~1月17日(木) アメリカの薬剤師と薬学教育の視察を行いました。

2013/01/20

徳島大学薬学部 徳島文理大学薬学部 徳島文理大学香川薬学部 松山大学薬学部

アメリカの薬剤師と薬学教育視察

◆参加者
・土屋浩一郎(徳島大学薬学部、団長)
・末永みどり(徳島文理大学薬学部)
・丸山徳見(徳島文理大学香川薬学部)
・中妻章(徳島文理大学香川薬学部)
・山口巧(松山大学薬学部)

 2013年1月9日~1月17日に「四国の全薬学部の連携・共同による薬学教育改革」の一環で、徳島文理大学、徳島大学、松山大学より5名の教員が、カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)とノースカロライナ大学(UNC)を訪問し、アメリカの薬学教育について視察してきました。

 

はじめに

 はじめに、アメリカの薬剤師を取り巻く医療環境と地位について説明します。ご存じの方も多いかと思いますが、日本では皆保険制度の下、全ての国民が一定水準の医療を受けられるようになっていますが、アメリカでは民間の医療保険に加入するのが一般的です。しかし、医療保険に未加入、または保険に加入していても医療費の支払い能力が不十分な状態の人も多く、高額医療費のかかる病院での診察・治療を受けられないケースがあります。そのような人たちの受け皿として地域の薬局が活躍しています。そのためアメリカの薬剤師は信頼される職業として常に上位にランクインします。

 アメリカでは、薬局の多くは日本の“調剤専門”の薬局と異なり、日用雑貨とOTC(一般用医薬品)、サプリメントを数多く取り扱っています。そのため、調剤薬だけでなく普段から薬局を利用する人が多く訪れています。また、サプリメント、OTCが低価格で提供されており、例えば解熱鎮痛で使用されるアセトアミノフェンの錠剤は、200錠で4ドル(360円弱)と、日本の半分以下の価格で販売されています。つまり病院での診察を受けずに薬局で低価格で購入できるようになっているのです。さらに薬剤師は、医療費の患者負担を抑えつつ、最大限の効果を得るための薬・病気の情報提供、患者教育に時間をかけることに重点を置いています。この医療における費用対効果の研究はアメリカでは進んでおり、今回訪問した2つの大学でも、UCSFでは「Health Service and Policy Research」、UNCでは「Division of Pharmaceutical Outocomes and Policy Faculty」といった研究コースで行われています。これは、治療費を払うのが民間の保険会社、または患者本人であることから、非常に注目される研究といえます。一方、日本では治療効果の科学的評価を行う研究はありますが、医療費の費用対効果を評価する研究はごく限られています。しかし、増大する医療費の抑制を考える上で、今後日本でも同様の研究が必要なることでしょう。

 

アメリカのチェーン薬局「Walgreens」

【Wal-Mart内の薬局コーナー】
日本で第1類のOTC(ファモチジン)も薬剤師の説明なしで購入できる

 

Wal-Mart内の薬局コーナー

アメリカのチェーン薬局「Walgreens」】
入り口付近には日用雑貨などが売られており、奥に処方せんの受付窓口がある

 

アメリカにおける薬学教育

 アメリカの薬学部は入学するには、大学で基礎科目(生物や化学など)の単位修得し、卒業していることが必要です。そのため日本の大学にある一般教養などの科目はなく、薬学部に入学すると、1年生から専門科目の授業と実習(Introductory Pharmacy Practice Experience : IPPEs)が行われます。IPPEsでは、禁煙教育、免疫学、糖尿病、麻薬中毒などをテーマにした実践的な課題が用意されており、血糖値や血圧の測定などのフィジカルアセスメントの実習も行われています。また患者応対の実習では、役者に模擬患者を演じてもらい、臨場感のある実習が行えるようになっています。これは、Pharmaceutical care(患者のQOL向上を目指す薬物療法の提供)の先進国アメリカでは、コミュニケーションスキルを非常に重視していることを意味します。

無題

【アメリカの薬学部のカリキュラム例】

 3年生の後半から約1年かけて病院と薬局それぞれで実務実習(Advanced Pharmacy Practice Experimences : APPEs)が行われようになります。実務実習の期間は日本の約倍と、長期にわたるのですが、内容もまた充実しています。例えば1日のスケジュールを見ると、朝6時半に回診前の患者の情報確認を行い、7時半からの医師の回診に同行。午後からは指導薬剤師と伴に薬剤師の回診に同行し、学生が薬剤管理指導や治療の評価、患者のカウンセリングなども行います。日本でも6年制薬学教育がスタートし、参加型の実習を行うようになりましたが、ここまで行っている施設はまだ少ないと思われます。

 薬学教育のソフト面では、薬学部の教員スタッフの約3割が保有する病院のスタッフとしても働く臨床系教員になります。このことが、絶えず最新の医療を教育に生かすシステムとなっていると考えられます。ハード面でも環境少人数での討議(SGD)を行うための小部屋(小部屋をテレビ会議システムでつなげて討議させることも可能)、模擬手術室、模擬診察室などがあり、非常に充実した教育環境が整えられています。

 この他、サテライト校をもつUNCでは、高度な授業配信するためのシステムを構築しており、遠隔地でも同様の授業が受けることができるようになっています。

 

模擬手術室

【模擬手術室】
薬剤師、医師、看護師等の学生が一緒に対応を話し合っている

 

遠隔地授業の風景

【遠隔地授業の風景】
後方にサテライト教室の状況を映すスクリーンがある

 

SGDに使用する小部屋

SGDに使用する小部屋】
壁がホワイトボードになっており、出た意見を書き留めることができるようになっている

 

授業配信システム

【授業配信システム】
H323プロトコルを利用し、遅延の少ない映像を配信している

 

学位と卒業後の教育

 薬学部卒業後は、Pham.D(日本の薬学博士とは異なる。あえて言うなら臨床薬学博士)の学位が与えられ、薬剤師試験(NAPLEX)を受けて薬剤師資格を取ることになります。ただ日本と違い、州ごとに法律が異なるため州を移動する際は、法律に関する試験を別途受験する必要があります。さらに薬剤師免許は2年ごとの更新制で、2年間で30時間の教育を受ける必要があります。

 また、アメリカでの薬剤師は大きく2つに分かれており、一つは医師が書いた処方のチェックと調剤後の鑑査が中心に行う薬剤師。もう一つはclinical pharmacistと呼ばれる医療チームでの薬物治療の助言や評価行う臨床のスペシャリストです。clinical pharmacistになるためには、養成のためのレジデント(臨床研修)を受ける必要があり、病院の規模によっても異なりますが、概ね2年程度の研修が行われています。レジデントのための臨床研究なども大学がサポートを行っています

 

視察終えての印象

 Pharmaceutical careの先進国であるアメリカの薬学教育は、座学による知識よりも臨床現場での実習に重点を置いており、学生の時から「患者から学ぶ」を実践しています。また「患者から学ぶ」は、学生だけでなく教員も意識しており、臨床現場と密接に連携した教育が、質の高い薬剤師の排出に大きく貢献していると考えられます。

 

UCSFの前にて

UCSFの前にて